――がっしゃ〜んっ!
どっ、どうしましょうっ! 連続お皿割り記録を更新した感じで、これはもう……。
昨日も一昨日も、その前の日もやらかしてしまったのに……。このままでは世界記録の樹立もそう遠くない日にきてしまうかも知れませ〜ん。
……そんなのだめだめなのに……今日もやっちまいまして、どうすればよろしいのでしょう……。
『大岡越前蟹』でも温情裁きなしのお白州。
ましてや『はぐれ同心純情系』でしたら、切腹のうえ、市中引き回しの沙汰……。
「すんげ〜音がしたけど、大丈夫?」
……心に深い傷を負った感じです。あまりのショックに寝込みそうです……。
でも、いつまでもへこたれているわけにはいかないので……。早くお片付けしないと……お前はいらない、使えない、とか言われて、抹殺されてしまうこと間違いなし……間違いであることを祈ります……。
「玉野さん?」
――はっ! 物思いにふけっている場合ではなかったでした。
「す、すぐにきれいにします〜!」
「手伝うよ」
「……かたじけない」
「…………い、いや……気にしなくていい……」
本当にありがたくて涙で視界が……曇りはしないですけど……でも、はちきれんばかりにうれしいですぅ〜。
「……ほい、ちりとり」
「あ、はい」
……どうしましょう、たくさん散らばってます。これでは、お給料より割れたお皿のお値段のほうが高いことでしょう……。
これでは……これでは……。
「玉野さん?」
私は足手まといなのかもしれないです……。
「もしも〜し」
孝之さんはどう思っているのでしょう……。
「……オレの話を聞いて欲しいんだけどさ」
無用の長物……って私は短いですけど……いらないもの箱行きはご勘弁のほどを願いたいです。
「……まあ、できたらでいいけど……話をだな…………」
――そう話です……話? ああっ!
「……ご、ごめんなさい、ごめんなさい。聞きます、聞かせてくださいっ!」
ひえ〜ん、やっちまいましたぁ〜っ。うぅ、このままでは、店長さんに肩を叩かれて、明日から来なくていいから、とか言われちゃうのも時間の問題でありましょう……。うぅ、こいつはいちだいじですっ!
「ちりとり、こっちに持ってきてくれるかな?」
「は、はい、ただいまっ!」
これ以上の失態はもう身の破滅を意味します。こうなっては、あとはやる気を見せるしか道は残されてないです……。
てきぱきとお片付けしないとっ!
「ああ〜っと、走ると転ぶからっ!」
「平気で〜す」
いくら私でも、そこまでおまぬけさんでは……。
ちょっぴり心外ですぅ〜。
「……って、あわっ、っと、っと、ひええぇ〜っ!」
――がっしゃ〜んっ! ……がつんっ!
「言わんこっちゃない」
ぐ、ぐおぉ〜、お、おでごがぁ〜。テーブルに、それも、このいやがらせのような固さは間違いなく「角」。かどっこですぅぅ! ふ、ふおおおお〜っ!!
額がかち割れて血がだぁ〜って出てたら、どうしましょう! だぁ〜って!
「うおっ、血がっ!」
「ええぇっ!」
た、たいへんっ! 救急車呼ばないと! ……あ…でも、なんか、ふら〜って……ああぁ……。
……あとのことはお任せしますぅ〜……私は……もう駄目みたいです……血が……。
「出てなくてよかったなぁ」
そう、血が出てなくて……。
出てなくて? ……あれ?
「大丈夫か?」
……あっ! 本当ですっ! 出てませ〜ん。
どうやら命拾いをしたようです。でも……。
「ぐ、ぐおぉ〜……」
今度こそ涙が出てきそう……。
うぅ……これは……お空に昇って行きそうなぐらい、いたいよ〜……。
「あのさ、ここはオレが片付けるから……」
「ならん!!」
「えっ!? ……玉野……さん?」
孝之さん……自分で広げた風呂敷は自分で畳まないと、それすなわち駄目なやつ。甘えは禁物ゆえ……。
「……ならぬのです……ここは拙者にっ!」
これ以上へっぽこぶりを発揮してしまっては、もはや孝之さんに顔向けできなくなってしまいます。
「……そちに任せるのは構わぬのだが…………」
「ははっ、かたじけない……」
「もう、片付いたよ」」
「ははっ?!」
あ〜っ……やっちまいました。孝之さんひとりに片付けをやっていただいちゃって……。
「……おでこが痛いなら奥で休んでな。オレはゴミ捨ててくるから」
ひえ〜ん、なんてことでしょう。これではだめだめ街道まっしぐら。何かお役に立てることは…………目の前にありましたっ!
「ゴミ捨て、手伝いま〜すっ!」
ランチタイムのあとのまったり時間なら、少しくらいフロアから離れても大丈夫。
そもそも私がいないほうが、仕事がはかどるかもしれないし……。
……自分で言っててむなしいです……。
あ、でも、そうなると、孝之さんのお手伝いをしようと思っても、足手まといになるだけかも。
ひえ〜ん、やってもやらなくても駄目っぽい感じですぅ。
もう、これは、私にどうしろと?
「玉野さ〜ん、前、前っ!」
「?」
――がつんっ!
「ま゛っ!!」
「あははははっ……ごめんごめん、言うのが遅かった」
「い、いたいたいたっ……」
どこのどいつがこんなところに柱なんて組み込みやがったんでしょう……。そんなひとキライですぅ。私のテキさんですっ!
「……んで、大丈夫か?」
弱音を吐いたら負けですっ! いたいのは我慢我慢。
「侍ですゆえ……」
「…………そ、そう……それはよかった。じゃ、これを1個持ってくれるかな?」
孝之さんからゴミ出しの仕事をゲットっ!
ご恩に報いるちゃんすです!!
「ああ、ちなみに重いから気をつけて……」
「大丈夫ですっ! 任せてくださいっ!」
……って、これ……ほんとに……おもっ…………。
「ああああああああ〜!」
――どすんっ!
ひえ〜ん、ゴミにまでお間抜けさん扱いされるとは……これはもう人生の敗北を意味しているのかもしれないので……。
「今度こそ駄目か?」
うぅ……でもでも、ここで屈したら本当に負け犬さんな感じで……。ここは気合いですっ! ちぇすとーですっ!
「いえ、がんがん行けますっ! 孝之さんが軽そうに持っていらっしゃったので、ちょっぴり油断しただけで」
「そうか……」
「そうですっ! 今度は……」
ぜったい! ぜったいに大丈夫。気合いを入れれば持ちあがり…………。
ぜったい持ちあがる……持ちあがる? ……持ちあがるかも……持ちあがれば…………。
…………いいのに……。
ひえ〜ん、米俵もびっくりの重さで、ぴくりとも動く気配なし……。
「……これはオレが持つから、裏口のドアを開けてくれるかな?」
「御意っ!」
「…………よ、よろしく」
べらぼうにまずい感じです。
せめてドアくらいはきちんと開けてみせなければ……。
……低い目標で無念ではありますが。
でも、これができなかったら、考えたくない未来がそこにありそうで……。
どきどきばくばくの瞬間です。
「……いきますよっ!」
「いや、別に気合いをいれんでも……」
――がちゃ! がちゃ!
「ちぇすとぉぉっ!!」
――がちゃがちゃっ!!
ど、ど、ど、どうしましょう! ドアが! ドアがっ! 開かないなんて……ああ…………。
「玉野さん、鍵、鍵」
鍵? そ、そうでした……。でも、確かここの鍵は……。
「もしかして」
なにゆえ、ドアのいちばん上にくっ付いているのでしょう……。
「手が届かないとか?」
「ひえ〜ん、おっしゃる通りで」
今日ほどちっこいことを呪う日はないかもしれない。
でも、ここで引き下がるわけにいかないのですっ!
「跳べば届くんじゃない?」
そっ、そうです。ジャンプすれば届くかもしれないですっ!
「えいっ」
「……おしい」
「えいっ!」
「あとちょい」
「えいっ!!」
「がんばれぇ〜」
「えいっ! えいっ!!」
――がすんっ!
「ま゛っ!!!!」
ド、ドアノブッ! ドアノブッ!
ドアノブがああっ……ぐおおおおぅ!!
こ、腰骨強打ですぅ〜。おのれぇ〜、おんのれぇ〜。
「これまた、絵的に地味なことを……」
地味でも痛みは結構すんごいんだよッ! もう泣きそうで……。
ここで働いている限り、生傷が絶えることはないでしょう……うぅ……。
「まだ挑戦する?」
「……結構ですぅ…………」
結局、ドアも開けられないなんて……。存在意義が問われてしまいます。
……跳ばなくても鍵に手が届く孝之さんはやっぱすごい…………。
それに比べて私の不甲斐なきこと……。
「外はあじぃ〜な」
私はなんのためにここにいるのでしょう……。
これは重大問題です。
「にゃ〜」
死活問題です。
「にゃ〜」
そう、にゃ〜、なのです。
……?
にゃ〜?
「にゃ〜」
「ネ、ネコさんがいますっ!」
「ああ、いるな……」
「にゃ〜…………」
か、かわいいですっ!
でもでも、なんだかちょっぴりお疲れな感じで……あっ…あれ?
「……負傷してますっ!」
「ん? ほんとだ。ま、その辺の野良猫とケンカでもしたんだろ」
「可哀想……」
見てるだけでいたたたた……。嘆かわしい感じで悲しいです。
「にゃあ〜……」
「あ、あの〜、孝之さん?」
「ん?」
「この子に食べ物あげちゃまずいでしょうか?」
「……まずいことはないだろうけど…………」
ゴミさんをあさるんじゃなくて、もっとちゃんとしたものを食べさせてあげたい。
それに、痛いときには、やさしくされたいです。ネコさんもきっとそうです。先程痛感しましたゆえ……。
「まあ、いっか……。ちょい待ってて、ケンさんに訊いてくる」
「はいっ!」
よかったですね、ネコさん。美味しいものを食べられます。
「うれしいですか?」
「にゃ〜」
それはよかった。進言して正解でしたぁ〜。
「傷は痛みますか?」
「にゃ〜」
そうですよね。痛そうですから……。うぅ、見たくないけど、傷口から目を離せなくなってしまいました。
「……玉野さん、ごめん。ケンさんが駄目だってさ」
「まことかっ!」
「…………野良猫に居座られると店としては困るということで」
……む、無念……。
「にゃ〜」
でも、なんとかしてあげたいっ!
「玉野さん、バトンタッチ」
「なんですか?」
「ケンさんの説得よろしく」
そ、そんなっ! 孝之さんにできないことを私にできるわけないですっ!
「ほら、行った行った」
「で、ですが……」
「いってらっしゃ〜い」
ひえ〜ん、孝之さんのいじわる〜。ドアも開けられない私にどうしろと言うのでしょう……。店長さん……ケンさんの説得などできるわけないですよ〜。
*
「おいしいですか?」
「にゃ〜」
「それはよかったです」
「にゃ〜」
豪快なたべっぷり。よっぽどお腹ぺこぺこだったんですね。
「さて、そろそろ仕事に戻るかな」
「あ、孝之さんっ!」
「ん? どうした?」
「ええっと……」
何を言おうとしたのでしょう。
う〜んっと、そうそう、さっきは……。
「ありがとうございましたぁ〜」
「……は? オレ、なんかしたっけ?」
言葉で説明するのはゲキむずゆえ。
「ええっと、あの〜……。と、とにかく、ありがとうございましたっ!」
孝之さんのおかげで、ちょっとだけ世界のお役に立てた気がします。
無力な自分に打ちひしがれているところに、助け舟を出してくださいました……。とっても救われましたぁ〜。
「にゃ〜」
「あ、もう行かれるのですか?」
「にゃ〜、にゃ〜」
残念です……でも、お止めしても無駄なんですよね……。ネコさんは気まぐれさんですから……。
「にゃ〜」
「さよならです」
せめてもう少し……傷が癒えるまでいてくださればよろしいのに……。
行ってしまわれるんですね……。
「さよならで〜す」
……うぅ、行ってしまいました……。
「うるうる……」
「ま、腹が減ったらまた来るだろ」
「はい……」
またのおこしを〜。
「さ〜て、んじゃ……」
孝之さんとネコさんのおかげで、やる気急上昇っ! お皿割ったことはぱーっと忘れて新たな気持ちで、れっつごーですぅっ!
「オレらも仕事に戻ろうか?」
「御意っ!」
――がっしゃ〜んっ!
どっ、どうしましょうっ! 連続お皿割り記録を更新した感じで、これはもう……。
昨日も一昨日も、その前の日もやらかしてしまったのに……。このままでは世界記録の樹立もそう遠くない日にきてしまうかも知れませ〜ん。
……そんなのだめだめなのに……今日もやっちまいまして、どうすればよろしいのでしょう……。
『大岡越前蟹』でも温情裁きなしのお白州。
ましてや『はぐれ同心純情系』でしたら、切腹のうえ、市中引き回しの沙汰……。
「すんげ〜音がしたけど、大丈夫?」
……心に深い傷を負った感じです。あまりのショックに寝込みそうです……。
でも、いつまでもへこたれているわけにはいかないので……。早くお片付けしないと……お前はいらない、使えない、とか言われて、抹殺されてしまうこと間違いなし……間違いであることを祈ります……。
「玉野さん?」
――はっ! 物思いにふけっている場合ではなかったでした。
「す、すぐにきれいにします〜!」
「手伝うよ」
「……かたじけない」
「…………い、いや……気にしなくていい……」
本当にありがたくて涙で視界が……曇りはしないですけど……でも、はちきれんばかりにうれしいですぅ〜。
「……ほい、ちりとり」
「あ、はい」
……どうしましょう、たくさん散らばってます。これでは、お給料より割れたお皿のお値段のほうが高いことでしょう……。
これでは……これでは……。
「玉野さん?」
私は足手まといなのかもしれないです……。
「もしも〜し」
孝之さんはどう思っているのでしょう……。
「……オレの話を聞いて欲しいんだけどさ」
無用の長物……って私は短いですけど……いらないもの箱行きはご勘弁のほどを願いたいです。
「……まあ、できたらでいいけど……話をだな…………」
――そう話です……話? ああっ!
「……ご、ごめんなさい、ごめんなさい。聞きます、聞かせてくださいっ!」
ひえ〜ん、やっちまいましたぁ〜っ。うぅ、このままでは、店長さんに肩を叩かれて、明日から来なくていいから、とか言われちゃうのも時間の問題でありましょう……。うぅ、こいつはいちだいじですっ!
「ちりとり、こっちに持ってきてくれるかな?」
「は、はい、ただいまっ!」
これ以上の失態はもう身の破滅を意味します。こうなっては、あとはやる気を見せるしか道は残されてないです……。
てきぱきとお片付けしないとっ!
「ああ〜っと、走ると転ぶからっ!」
「平気で〜す」
いくら私でも、そこまでおまぬけさんでは……。
ちょっぴり心外ですぅ〜。
「……って、あわっ、っと、っと、ひええぇ〜っ!」
――がっしゃ〜んっ! ……がつんっ!
「言わんこっちゃない」
ぐ、ぐおぉ〜、お、おでごがぁ〜。テーブルに、それも、このいやがらせのような固さは間違いなく「角」。かどっこですぅぅ! ふ、ふおおおお〜っ!!
額がかち割れて血がだぁ〜って出てたら、どうしましょう! だぁ〜って!
「うおっ、血がっ!」
「ええぇっ!」
た、たいへんっ! 救急車呼ばないと! ……あ…でも、なんか、ふら〜って……ああぁ……。
……あとのことはお任せしますぅ〜……私は……もう駄目みたいです……血が……。
「出てなくてよかったなぁ」
そう、血が出てなくて……。
出てなくて? ……あれ?
「大丈夫か?」
……あっ! 本当ですっ! 出てませ〜ん。
どうやら命拾いをしたようです。でも……。
「ぐ、ぐおぉ〜……」
今度こそ涙が出てきそう……。
うぅ……これは……お空に昇って行きそうなぐらい、いたいよ〜……。
「あのさ、ここはオレが片付けるから……」
「ならん!!」
「えっ!? ……玉野……さん?」
孝之さん……自分で広げた風呂敷は自分で畳まないと、それすなわち駄目なやつ。甘えは禁物ゆえ……。
「……ならぬのです……ここは拙者にっ!」
これ以上へっぽこぶりを発揮してしまっては、もはや孝之さんに顔向けできなくなってしまいます。
「……そちに任せるのは構わぬのだが…………」
「ははっ、かたじけない……」
「もう、片付いたよ」」
「ははっ?!」
あ〜っ……やっちまいました。孝之さんひとりに片付けをやっていただいちゃって……。
「……おでこが痛いなら奥で休んでな。オレはゴミ捨ててくるから」
ひえ〜ん、なんてことでしょう。これではだめだめ街道まっしぐら。何かお役に立てることは…………目の前にありましたっ!
「ゴミ捨て、手伝いま〜すっ!」
ランチタイムのあとのまったり時間なら、少しくらいフロアから離れても大丈夫。
そもそも私がいないほうが、仕事がはかどるかもしれないし……。
……自分で言っててむなしいです……。
あ、でも、そうなると、孝之さんのお手伝いをしようと思っても、足手まといになるだけかも。
ひえ〜ん、やってもやらなくても駄目っぽい感じですぅ。
もう、これは、私にどうしろと?
「玉野さ〜ん、前、前っ!」
「?」
――がつんっ!
「ま゛っ!!」
「あははははっ……ごめんごめん、言うのが遅かった」
「い、いたいたいたっ……」
どこのどいつがこんなところに柱なんて組み込みやがったんでしょう……。そんなひとキライですぅ。私のテキさんですっ!
「……んで、大丈夫か?」
弱音を吐いたら負けですっ! いたいのは我慢我慢。
「侍ですゆえ……」
「…………そ、そう……それはよかった。じゃ、これを1個持ってくれるかな?」
孝之さんからゴミ出しの仕事をゲットっ!
ご恩に報いるちゃんすです!!
「ああ、ちなみに重いから気をつけて……」
「大丈夫ですっ! 任せてくださいっ!」
……って、これ……ほんとに……おもっ…………。
「ああああああああ〜!」
――どすんっ!
ひえ〜ん、ゴミにまでお間抜けさん扱いされるとは……これはもう人生の敗北を意味しているのかもしれないので……。
「今度こそ駄目か?」
うぅ……でもでも、ここで屈したら本当に負け犬さんな感じで……。ここは気合いですっ! ちぇすとーですっ!
「いえ、がんがん行けますっ! 孝之さんが軽そうに持っていらっしゃったので、ちょっぴり油断しただけで」
「そうか……」
「そうですっ! 今度は……」
ぜったい! ぜったいに大丈夫。気合いを入れれば持ちあがり…………。
ぜったい持ちあがる……持ちあがる? ……持ちあがるかも……持ちあがれば…………。
…………いいのに……。
ひえ〜ん、米俵もびっくりの重さで、ぴくりとも動く気配なし……。
「……これはオレが持つから、裏口のドアを開けてくれるかな?」
「御意っ!」
「…………よ、よろしく」
べらぼうにまずい感じです。
せめてドアくらいはきちんと開けてみせなければ……。
……低い目標で無念ではありますが。
でも、これができなかったら、考えたくない未来がそこにありそうで……。
どきどきばくばくの瞬間です。
「……いきますよっ!」
「いや、別に気合いをいれんでも……」
――がちゃ! がちゃ!
「ちぇすとぉぉっ!!」
――がちゃがちゃっ!!
ど、ど、ど、どうしましょう! ドアが! ドアがっ! 開かないなんて……ああ…………。
「玉野さん、鍵、鍵」
鍵? そ、そうでした……。でも、確かここの鍵は……。
「もしかして」
なにゆえ、ドアのいちばん上にくっ付いているのでしょう……。
「手が届かないとか?」
「ひえ〜ん、おっしゃる通りで」
今日ほどちっこいことを呪う日はないかもしれない。
でも、ここで引き下がるわけにいかないのですっ!
「跳べば届くんじゃない?」
そっ、そうです。ジャンプすれば届くかもしれないですっ!
「えいっ」
「……おしい」
「えいっ!」
「あとちょい」
「えいっ!!」
「がんばれぇ〜」
「えいっ! えいっ!!」
――がすんっ!
「ま゛っ!!!!」
ド、ドアノブッ! ドアノブッ!
ドアノブがああっ……ぐおおおおぅ!!
こ、腰骨強打ですぅ〜。おのれぇ〜、おんのれぇ〜。
「これまた、絵的に地味なことを……」
地味でも痛みは結構すんごいんだよッ! もう泣きそうで……。
ここで働いている限り、生傷が絶えることはないでしょう……うぅ……。
「まだ挑戦する?」
「……結構ですぅ…………」
結局、ドアも開けられないなんて……。存在意義が問われてしまいます。
……跳ばなくても鍵に手が届く孝之さんはやっぱすごい…………。
それに比べて私の不甲斐なきこと……。
「外はあじぃ〜な」
私はなんのためにここにいるのでしょう……。
これは重大問題です。
「にゃ〜」
死活問題です。
「にゃ〜」
そう、にゃ〜、なのです。
……?
にゃ〜?
「にゃ〜」
「ネ、ネコさんがいますっ!」
「ああ、いるな……」
「にゃ〜…………」
か、かわいいですっ!
でもでも、なんだかちょっぴりお疲れな感じで……あっ…あれ?
「……負傷してますっ!」
「ん? ほんとだ。ま、その辺の野良猫とケンカでもしたんだろ」
「可哀想……」
見てるだけでいたたたた……。嘆かわしい感じで悲しいです。
「にゃあ〜……」
「あ、あの〜、孝之さん?」
「ん?」
「この子に食べ物あげちゃまずいでしょうか?」
「……まずいことはないだろうけど…………」
ゴミさんをあさるんじゃなくて、もっとちゃんとしたものを食べさせてあげたい。
それに、痛いときには、やさしくされたいです。ネコさんもきっとそうです。先程痛感しましたゆえ……。
「まあ、いっか……。ちょい待ってて、ケンさんに訊いてくる」
「はいっ!」
よかったですね、ネコさん。美味しいものを食べられます。
「うれしいですか?」
「にゃ〜」
それはよかった。進言して正解でしたぁ〜。
「傷は痛みますか?」
「にゃ〜」
そうですよね。痛そうですから……。うぅ、見たくないけど、傷口から目を離せなくなってしまいました。
「……玉野さん、ごめん。ケンさんが駄目だってさ」
「まことかっ!」
「…………野良猫に居座られると店としては困るということで」
……む、無念……。
「にゃ〜」
でも、なんとかしてあげたいっ!
「玉野さん、バトンタッチ」
「なんですか?」
「ケンさんの説得よろしく」
そ、そんなっ! 孝之さんにできないことを私にできるわけないですっ!
「ほら、行った行った」
「で、ですが……」
「いってらっしゃ〜い」
ひえ〜ん、孝之さんのいじわる〜。ドアも開けられない私にどうしろと言うのでしょう……。店長さん……ケンさんの説得などできるわけないですよ〜。
*
「おいしいですか?」
「にゃ〜」
「それはよかったです」
「にゃ〜」
豪快なたべっぷり。よっぽどお腹ぺこぺこだったんですね。
「さて、そろそろ仕事に戻るかな」
「あ、孝之さんっ!」
「ん? どうした?」
「ええっと……」
何を言おうとしたのでしょう。
う〜んっと、そうそう、さっきは……。
「ありがとうございましたぁ〜」
「……は? オレ、なんかしたっけ?」
言葉で説明するのはゲキむずゆえ。
「ええっと、あの〜……。と、とにかく、ありがとうございましたっ!」
孝之さんのおかげで、ちょっとだけ世界のお役に立てた気がします。
無力な自分に打ちひしがれているところに、助け舟を出してくださいました……。とっても救われましたぁ〜。
「にゃ〜」
「あ、もう行かれるのですか?」
「にゃ〜、にゃ〜」
残念です……でも、お止めしても無駄なんですよね……。ネコさんは気まぐれさんですから……。
「にゃ〜」
「さよならです」
せめてもう少し……傷が癒えるまでいてくださればよろしいのに……。
行ってしまわれるんですね……。
「さよならで〜す」
……うぅ、行ってしまいました……。
「うるうる……」
「ま、腹が減ったらまた来るだろ」
「はい……」
またのおこしを〜。
「さ〜て、んじゃ……」
孝之さんとネコさんのおかげで、やる気急上昇っ! お皿割ったことはぱーっと忘れて新たな気持ちで、れっつごーですぅっ!
「オレらも仕事に戻ろうか?」
「御意っ!」