「…み、みなさぁあ〜んっ!」
 ――じろっ。
 おっ…お、おぉおおうっ!
思い切ってはりあげた声に、食堂にいるみんなの目がこっちを向きます。ちょっと、ビビッちゃいましたが…なんのっ、引くわけにはいきませんっ!
 …ここは、看護学校の女子寮。私たちはみんな、『クリーン』で『ジャスティス』で『ビューティフル』な看護婦さんを目指しているのですが…白衣の天使への道は、なかなかに厳しいっ。
学生といっても、講義あり実地あり、看護実習で患者さんたちのお世話までしたり…かなりの過酷さですっ。
そんな一日のノルマを終え、憔悴しきった看護学生が、唯一くつろげるのがお食事どき。我が寮名物『看護婦の涙汁』を味わっているときに、お邪魔してしまうのは忍びないけれど…でもっ。一年生が全員集合するのは、今しかありませんっ! ファイトですっ!
「あ、えっとっ…もうすぐ、先輩方の戴帽式ですよねっ! そのお祝いに、一年生のみんなで集まって、なにかプレゼントをしたいなあと思いまして…どうでしょうかっ?」
「プレゼントねえ…いいけど、なにを?」
「はいっ。それで、提案なんですけどっ…先輩方一人一人を真似っこした、ナース人形をつくりませんかっ?」 
「えっ? 先輩に、そっくりな人形ってこと?」
「はいっ!」
…へへっ。これは我ながら、ナイスアイディアだと思うのですっ!
これからの、長い長い看護婦人生。先輩たちは世間の荒波にもまれまくって、ぽろりと涙しちゃうこともあるやもしれませんっ。
そんなときに、自分にそっくりさんなお人形が、ニコニコ笑っていたらどうでしょう? きっと先輩方にも、ニコニコって笑顔が戻って…ああ、なあんて素敵な光景なんでしょうっ! うっとりしちゃいます〜〜っ!
「…………」
 …ありゃっ? みなさんは、うっとりしていないみたいです…どう
したのでしょう、説明不足だったのでしょうかっ?
「…天川さん、質問」
「あっ…はいっ、なんでもどうぞっ!」
「戴帽式って、再来週じゃん?」
「そうですねっ。だから、今から急いで…」
「無理、無理。来週までに、レポート提出あるでしょ」
レポート提出? そんなの、ありましたっけ…ああっ! 
「なあんだ、問題ないじゃないですかっ。そのレポートって、一ヶ月前に出されたやつですよねっ?」
「…だから、なによ?」
「えっ、えっ? だ、だから…ちょっと頑張れば、すぐに終わっちゃう量でしたよ…ねっ?」
「…………」
 …あ、ありゃりゃあっ? またしてもリアクションが、高山の空気のようにうす〜いのですがっ…。
「ちょっと、頑張れば…だってさ」
「さすがに、学年トップの人は違うよね〜」
学年トップ、って…なんで、ここで成績のことが出てくるですかっ? それにみなさん、心なしか、眉毛の角度がぐんぐんあがってきてますよっ!?
「うちら、天川さんとはオツムの出来が違うからさ」
「一緒にされても、困るんだよね〜」
 …えっ?
「…そっ、そんなぁですっ! 私、ちっともっ…!」
――ガタ、ガタガタタッ…!
食堂の机が、大げさな音をたてます。みなさんが……いっぺんに、席を立ったから…。
「ま、待ってくださいっ! みなさ…あっ…」
 …みなさんが、次々に食堂から出て行きます。
食べかけのお食事も、そのまんまにして。まだまだ、育ち盛りです…これで、お腹がいっぱいになるはずはありませんっ。
怒ってる…から、なんですね。きっと…。
でも、どうしてでしょうっ? どうして、こうなってしまったのでしょうか…私は、ただ…みんなで、がんばりたかっただけなのに…。
…それだけ、なのにっ…。
――ズズ〜ッ。
「えっ?!」
あやあっ! ま…まだ、誰かが残ってたですかっ?
「…ぷっはぁあ〜あ!」
長い髪をぶわっさあっとかきあげて、『看護婦の涙汁』をすすっていたのは……私と同部屋の、星乃さんでしたっ…。
「コレ、マジでンマイよねぇ〜。味の決め手は牛乳らしいよぉ…天川、知ってたぁ?」
「は、はいっ。なんとなく、予測はっ…」
「だったら、もっと食べなぁ? 牛乳飲まないと、いつまでもチビッコよぉ」
 むっ…むむむうっ!
 こんなこと言うのは、なんですけれど…私、星乃さんって苦手ですっ!
いつもお化粧の匂いをぷんぷんさせてて、爪なんて魔女みたいになが〜くて…あれでは、患者さんを傷つけてしまいますっ!
「じゃあさあ。もうひとつ教えたげよっかぁ?」
「えっ? な、なんでしょうっ?」
「あいつらさぁ。あんたのこと、陰でなんて呼んでるか知ってるぅ?」
 わ、私を? 『天川さん』じゃなくてですかっ? うっ、うぅ〜ん…えっとぉ……。
「あのっ、ヒントを下さいませんかっ?」
「ヒント? じゃあねぇ…世界ビックリドッキリ大賞!」
…あやっ? 世界、ビックリドッキリ…?
「どお? わかったぁ〜?」
 う、うやぁあ…事態は、ますます混迷を極めましたっ。こればっかりは、予測不可能ですっ!
「なによぉ、ギブなのぉ〜?」
「は、はいっ。ぜひとも、教えてくださいっ!」
「つまんないのぉ…ま、教えたげるか。あのね、『円周率が、最後まで言えるお子様』…だってさ!」
 えっ…円周率が、最後まで言える? 
「あのうっ…」
「なによぉ?」
「それは…さすがに無理ですっ!」
「えっ、そうなのぉ? なぁんだ、意外とお馬鹿なんじゃ〜ん」
そのお言葉、そのままお返し…するのもなんなので、腹におさめておきましょうっ。こうみえても私、お腹のお肉は豊富ですっ。
…それにしても。円周率が最後まで言える? それってばっ…。
「あの…もしかして、誉めてもらってるんでしょうかっ?」
「そう、聞こえるぅ?」
「えっと…ううんとっ…」
「そおねぇ〜。どんなに頭よくたって、しょせんは子供。下手に頭がいいガキは、逆に扱いづらい…ってとこじゃん?」
 …………。
 ……べ、別にショックじゃないですっ。
 この『…………』は、断っておきますけど、カラスさんが飛んでいったあとですよっ。トンボでも可ですっ!
「……んじゃっ、私はそろそろ行くわ。お先ぃ〜!」
「あっ…」
 ――ガタガタッ…バタン。
 あやぁあ…星乃さんも、行ってしまいました。
 お人形作りに賛成なのか反対なのか、星乃さんにも聞きたかったのですが……。
「…ふうっ」
いえいえっ。どうせ、無駄ですねっ。星乃さんが、お人形作りを手伝ってくれるはずありません…。
 …大丈夫、ですっ。一人でも、なんとかしてみせますっ。そのためにも、ちゃあんと栄養を取らなければっ!
「ずずっ、ずじゅるるるっ……」





「……う、うぅ〜っぷっ!」
 さすがに、みなさんの残りまでたいらげるのは…無理がありましたねっ。
 これは、腹ごなしもかねて! がんばって、お人形作りをすすめなければですっ。やりますよおっ、私はっ!
 ――ガチャッ。
 …あやああっ?
お部屋に、電気がついてますね…星乃さん、いるのでしょうか? いつもなら、ぱんつの見えそうなスカートを穿いて、窓からこっそり抜けだす時間なのに…。
 真偽のほどを確かめたいところですが、星乃さんは二段ベッドの上。チェックするには、ちょっと危険と背中合わせですねっ…うんっ。とりあえず、お人形を作り始めましょうっ!
まずは…え〜っと、上沼先輩から行くですっ! 先輩は豪快な顔立ちをなさってるから、作りやすそうですっ。
 ――ちくちく、ちくちく…。
う〜。それにしても…だぁれも、お人形作りに賛成してくれませんでしたねっ……いいアイディアだと、思ったんですけど…。
――ちくちく、ちくちく……。
みなさん、私のこと…怒ってました、しかも激しく。やっぱり、レポートのことでしょうか…『ちょっと頑張れば』なんて、言っちゃったから……。
でもでもっ! 私、間違ったことは言ってないつもりですっ! がんばって、課題を早めに済ませれば、他のことができます。読書したり、お散歩をしたり。なのに、みなさんはなぜ…。
――ちくちく、ちくちく……。
円周率が、全部言える…もうもう、神業じゃないですかっ。みなさんに煙たがられたって、どんっとこいですよっ! だって…それってば、スゴイってことなんですからっ…。
 ――ちくちく、ちく…ちくっ。
「いっ…いたあっ!」
 あ、あやぁあ…針で、指先を突いてしまいましたあっ! このままじゃ、上沼先輩が血まみれになってしまいますっ! 
門出を祝うプレゼントなのに、これでは縁起がよろしくありませんっ。え、えっと…バンソーコ、バンソーコ…。
「…………」
 指の先が、じんじんして。痛い…です。とっても…。
 でも、私は、大丈夫です…これぐらいの、痛みなんて…。
これぐらい…なんてことっ……。
――ポタッ。
あ、あややあっ…?
 なんでしょうっ? おかしいですっ…悲しくないのに、ぜんぜん、へっちゃらぷーのはずなのに…涙が、出てきちゃいましたっ…。
「うっ…うぅっ…」
この症例は……なんでしょうっ? あとで…先生に、聞いてみなければ……ですねっ……。


 …………。
………すう………。
 ………すう………すう………。
――ぽこっ。
…ふ……ふゃああ?
なんでしょう…お空から、なにかが降ってきたような…。
――ぽこっ、ぽこっ。
 は、はうゃあ…またですっ。なんなのでしょう、これは…これは…あ、あやあっ?
「よ…吉岡先輩…?」
 お空から降ってきたのは、まごうことなき吉岡先輩です…せ、先輩。なぜ突然、こんなオイタをするのですかあっ?
――ぽこぽこっ、ぽこっ!
「あやぁああっ! 山田先輩じゃないですかっ。…わあっ! 今度は、友野先輩までっ!」
 …あやあっ? 
でも…なぜに先輩たちが、お空から降ってくるですか? しかも、みなさん、私より背が高いはずなのに。こんなにコンパクトサイズになって…。
――…ぶらんっ!
「ひゃ…ひゃあぁあっ!」
 さ、最後に落ちてきたのは…星乃さんです〜〜っ! 二段ベッドの上から、上半身だけをぶらんとぶら下げて。星乃さんにかぎり、特大サイズで…。  
……あやっ? 特大サイズ? 
ちょ、ちょっと待ってくださいっ…この先輩たちは…。
「…ヒマだったから、ちょっと作っといてやったわよぉ」
 …そうですっ! さっきから降り続いていたのは、先輩方にそっくりのマスコット人形ですっ! 
「こ、これっ…星乃さんがっ?」
「そっ。あんたは、誰の人形つくってんのぉ?」
 いっ、いけませんっ。お人形をつくってる間に、いつのまにか眠ってしまっていましたのですねっ…え、ええとっ。
「あのっ、上沼先輩を…」
「えっ。その、へんちょこりんな生物がぁ?」
「……へ、へんちょこりんって…」
「アハハハハッ! そんなの渡したら、ただの嫌がらせだってぇ〜!」
い…嫌がらせなんて、ひどいですっ。頑張ってつくったのにっ!
…でも。星乃さんのお人形と比べると、たしかに…。これでは、先輩方に差別が生まれてしまい、それがその後、修復しようのない大きなわだかまりになったとしたらっ…お、オオゴトです〜っ!!
「星乃さんっ!」
「えっ?」
「私にも、教えてくださいっ! お人形作りの極意をっ!」
 …星乃さんは、バッチバチにマスカラをつけた睫毛を、ぱちぱちと何度かしばたたかせました……そして……。
「ん〜…イヤ、かなぁ?」
 アッサリと、言ってのけてくれたのでしたっ。ちゃんちゃんっ!
 …じゃ、ありませ〜〜んっ!
「そ、そんなぁ〜っ! どうしてですかあぁ〜っ?」
「どうして、って…教えちゃったら、あんた、これから一人で出来ちゃうじゃないの」
「いいじゃないですかっ! それの、どこがいけないですかっ?!」
「…私が、手伝ってやる理由がないでしょお?」
 あやっ……?
 ほ……星乃さん。今、なんてっ…?
「あんたが頑張りすぎちゃってるから、みんな手ぇだせなくなっちゃうんだって…もうちょっと、人を頼りなっての!」
 あやっ…あややぁ? 
つぶやいた、星乃さんのほっぺが…ケバケバしいお化粧の色じゃない、あわぁいピンクで染まりましたよっ?
「あ、あのっ…星乃さんっ?」
「…………」
「もしかして…私を、心配してくれてっ…?」
 ――ぽんっ!
「…あ、あやうゃあ〜〜っ!」
また、空から先輩が落ちてきましたっ!
頭のてっぺんに、奇襲ですっ! せっかく、ほのぼのしてたのに…フェイントも、いいところですっ!
「ほらあっ。わかったら、さっさと続きやるよぉ!」
「は…はぁ〜いっ!」
 …ううっ。星乃さん、なにげにスパルタですっ。さっきは、頑張るなって言ってたのに…なんて勝手なんでしょうっ!
 でも……うん。なんだか、元気がでてきちゃいました。
先輩方のお人形を作り終えたら、次は…星乃さんのお人形を、つくってあげましょうっ…ふふっ。
「…あっ、そうそう。天川ぁ」
「はいっ、なんでしょう?」
「これ、手伝ってやるんだからさぁ。私のレポート、やっといてね」
 あ……あう? レポートって…あぁ〜っ! 星乃さんも、出来てなかったのですねっ!?
「…ダメですっ。それとこれとは、別ですっ!」
「いいじゃんよぉ〜、ちょっと頑張ればできるんでしょお?」
「私、決めたんですっ。もう、頑張りすぎないんです…星乃さんに、そう教わりましたからっ!」
「あんたねぇ〜。まったく頑張らないのも、体に毒よぉ? あんたの場合」
「でっ、でわっ…頑張らないのを、頑張るんですっ!」
「なによ、それえ〜っ!!」
 ほっぺをぷうっと膨らませて、ぶぅぶぅ抗議してくる星乃さん。今までは、ただ苦手だなって思ってたけど……う〜ん、不思議な人ですっ。
 星乃さんを見ていると、なんだか思えてくるんです…ちょっとだけ、肩の力を抜くのも、いいかなって…。
「じゃあ、男もつけたげるぅ。どうせあんた、バージンでしょっ?」
「…………」
「最初は、テクある男のがいいって。痛くなく捨てられるなんて、こぉんなお得なことないわよぉ? ねっ、ねっ?」
「…………」
…ほぉんの、ほぉ〜〜んのちょっとだけ、ですけどねっ!




「…み、みなさぁあ〜んっ!」
 ――じろっ。
 おっ…お、おぉおおうっ!
思い切ってはりあげた声に、食堂にいるみんなの目がこっちを向きます。ちょっと、ビビッちゃいましたが…なんのっ、引くわけにはいきませんっ!
 …ここは、看護学校の女子寮。私たちはみんな、『クリーン』で『ジャスティス』で『ビューティフル』な看護婦さんを目指しているのですが…白衣の天使への道は、なかなかに厳しいっ。
学生といっても、講義あり実地あり、看護実習で患者さんたちのお世話までしたり…かなりの過酷さですっ。
そんな一日のノルマを終え、憔悴しきった看護学生が、唯一くつろげるのがお食事どき。我が寮名物『看護婦の涙汁』を味わっているときに、お邪魔してしまうのは忍びないけれど…でもっ。一年生が全員集合するのは、今しかありませんっ! ファイトですっ!
「あ、えっとっ…もうすぐ、先輩方の戴帽式ですよねっ! そのお祝いに、一年生のみんなで集まって、なにかプレゼントをしたいなあと思いまして…どうでしょうかっ?」
「プレゼントねえ…いいけど、なにを?」
「はいっ。それで、提案なんですけどっ…先輩方一人一人を真似っこした、ナース人形をつくりませんかっ?」 
「えっ? 先輩に、そっくりな人形ってこと?」
「はいっ!」
…へへっ。これは我ながら、ナイスアイディアだと思うのですっ!
これからの、長い長い看護婦人生。先輩たちは世間の荒波にもまれまくって、ぽろりと涙しちゃうこともあるやもしれませんっ。
そんなときに、自分にそっくりさんなお人形が、ニコニコ笑っていたらどうでしょう? きっと先輩方にも、ニコニコって笑顔が戻って…ああ、なあんて素敵な光景なんでしょうっ! うっとりしちゃいます〜〜っ!
「…………」
 …ありゃっ? みなさんは、うっとりしていないみたいです…どう
したのでしょう、説明不足だったのでしょうかっ?
「…天川さん、質問」
「あっ…はいっ、なんでもどうぞっ!」
「戴帽式って、再来週じゃん?」
「そうですねっ。だから、今から急いで…」
「無理、無理。来週までに、レポート提出あるでしょ」
レポート提出? そんなの、ありましたっけ…ああっ! 
「なあんだ、問題ないじゃないですかっ。そのレポートって、一ヶ月前に出されたやつですよねっ?」
「…だから、なによ?」
「えっ、えっ? だ、だから…ちょっと頑張れば、すぐに終わっちゃう量でしたよ…ねっ?」
「…………」
 …あ、ありゃりゃあっ? またしてもリアクションが、高山の空気のようにうす〜いのですがっ…。
「ちょっと、頑張れば…だってさ」
「さすがに、学年トップの人は違うよね〜」
学年トップ、って…なんで、ここで成績のことが出てくるですかっ? それにみなさん、心なしか、眉毛の角度がぐんぐんあがってきてますよっ!?
「うちら、天川さんとはオツムの出来が違うからさ」
「一緒にされても、困るんだよね〜」
 …えっ?
「…そっ、そんなぁですっ! 私、ちっともっ…!」
――ガタ、ガタガタタッ…!
食堂の机が、大げさな音をたてます。みなさんが……いっぺんに、席を立ったから…。
「ま、待ってくださいっ! みなさ…あっ…」
 …みなさんが、次々に食堂から出て行きます。
食べかけのお食事も、そのまんまにして。まだまだ、育ち盛りです…これで、お腹がいっぱいになるはずはありませんっ。
怒ってる…から、なんですね。きっと…。
でも、どうしてでしょうっ? どうして、こうなってしまったのでしょうか…私は、ただ…みんなで、がんばりたかっただけなのに…。
…それだけ、なのにっ…。
――ズズ〜ッ。
「えっ?!」
あやあっ! ま…まだ、誰かが残ってたですかっ?
「…ぷっはぁあ〜あ!」
長い髪をぶわっさあっとかきあげて、『看護婦の涙汁』をすすっていたのは……私と同部屋の、星乃さんでしたっ…。
「コレ、マジでンマイよねぇ〜。味の決め手は牛乳らしいよぉ…天川、知ってたぁ?」
「は、はいっ。なんとなく、予測はっ…」
「だったら、もっと食べなぁ? 牛乳飲まないと、いつまでもチビッコよぉ」
 むっ…むむむうっ!
 こんなこと言うのは、なんですけれど…私、星乃さんって苦手ですっ!
いつもお化粧の匂いをぷんぷんさせてて、爪なんて魔女みたいになが〜くて…あれでは、患者さんを傷つけてしまいますっ!
「じゃあさあ。もうひとつ教えたげよっかぁ?」
「えっ? な、なんでしょうっ?」
「あいつらさぁ。あんたのこと、陰でなんて呼んでるか知ってるぅ?」
 わ、私を? 『天川さん』じゃなくてですかっ? うっ、うぅ〜ん…えっとぉ……。
「あのっ、ヒントを下さいませんかっ?」
「ヒント? じゃあねぇ…世界ビックリドッキリ大賞!」
…あやっ? 世界、ビックリドッキリ…?
「どお? わかったぁ〜?」
 う、うやぁあ…事態は、ますます混迷を極めましたっ。こればっかりは、予測不可能ですっ!
「なによぉ、ギブなのぉ〜?」
「は、はいっ。ぜひとも、教えてくださいっ!」
「つまんないのぉ…ま、教えたげるか。あのね、『円周率が、最後まで言えるお子様』…だってさ!」
 えっ…円周率が、最後まで言える? 
「あのうっ…」
「なによぉ?」
「それは…さすがに無理ですっ!」
「えっ、そうなのぉ? なぁんだ、意外とお馬鹿なんじゃ〜ん」
そのお言葉、そのままお返し…するのもなんなので、腹におさめておきましょうっ。こうみえても私、お腹のお肉は豊富ですっ。
…それにしても。円周率が最後まで言える? それってばっ…。
「あの…もしかして、誉めてもらってるんでしょうかっ?」
「そう、聞こえるぅ?」
「えっと…ううんとっ…」
「そおねぇ〜。どんなに頭よくたって、しょせんは子供。下手に頭がいいガキは、逆に扱いづらい…ってとこじゃん?」
 …………。
 ……べ、別にショックじゃないですっ。
 この『…………』は、断っておきますけど、カラスさんが飛んでいったあとですよっ。トンボでも可ですっ!
「……んじゃっ、私はそろそろ行くわ。お先ぃ〜!」
「あっ…」
 ――ガタガタッ…バタン。
 あやぁあ…星乃さんも、行ってしまいました。
 お人形作りに賛成なのか反対なのか、星乃さんにも聞きたかったのですが……。
「…ふうっ」
いえいえっ。どうせ、無駄ですねっ。星乃さんが、お人形作りを手伝ってくれるはずありません…。
 …大丈夫、ですっ。一人でも、なんとかしてみせますっ。そのためにも、ちゃあんと栄養を取らなければっ!
「ずずっ、ずじゅるるるっ……」





「……う、うぅ〜っぷっ!」
 さすがに、みなさんの残りまでたいらげるのは…無理がありましたねっ。
 これは、腹ごなしもかねて! がんばって、お人形作りをすすめなければですっ。やりますよおっ、私はっ!
 ――ガチャッ。
 …あやああっ?
お部屋に、電気がついてますね…星乃さん、いるのでしょうか? いつもなら、ぱんつの見えそうなスカートを穿いて、窓からこっそり抜けだす時間なのに…。
 真偽のほどを確かめたいところですが、星乃さんは二段ベッドの上。チェックするには、ちょっと危険と背中合わせですねっ…うんっ。とりあえず、お人形を作り始めましょうっ!
まずは…え〜っと、上沼先輩から行くですっ! 先輩は豪快な顔立ちをなさってるから、作りやすそうですっ。
 ――ちくちく、ちくちく…。
う〜。それにしても…だぁれも、お人形作りに賛成してくれませんでしたねっ……いいアイディアだと、思ったんですけど…。
――ちくちく、ちくちく……。
みなさん、私のこと…怒ってました、しかも激しく。やっぱり、レポートのことでしょうか…『ちょっと頑張れば』なんて、言っちゃったから……。
でもでもっ! 私、間違ったことは言ってないつもりですっ! がんばって、課題を早めに済ませれば、他のことができます。読書したり、お散歩をしたり。なのに、みなさんはなぜ…。
――ちくちく、ちくちく……。
円周率が、全部言える…もうもう、神業じゃないですかっ。みなさんに煙たがられたって、どんっとこいですよっ! だって…それってば、スゴイってことなんですからっ…。
 ――ちくちく、ちく…ちくっ。
「いっ…いたあっ!」
 あ、あやぁあ…針で、指先を突いてしまいましたあっ! このままじゃ、上沼先輩が血まみれになってしまいますっ! 
門出を祝うプレゼントなのに、これでは縁起がよろしくありませんっ。え、えっと…バンソーコ、バンソーコ…。
「…………」
 指の先が、じんじんして。痛い…です。とっても…。
 でも、私は、大丈夫です…これぐらいの、痛みなんて…。
これぐらい…なんてことっ……。
――ポタッ。
あ、あややあっ…?
 なんでしょうっ? おかしいですっ…悲しくないのに、ぜんぜん、へっちゃらぷーのはずなのに…涙が、出てきちゃいましたっ…。
「うっ…うぅっ…」
この症例は……なんでしょうっ? あとで…先生に、聞いてみなければ……ですねっ……。


 …………。
………すう………。
 ………すう………すう………。
――ぽこっ。
…ふ……ふゃああ?
なんでしょう…お空から、なにかが降ってきたような…。
――ぽこっ、ぽこっ。
 は、はうゃあ…またですっ。なんなのでしょう、これは…これは…あ、あやあっ?
「よ…吉岡先輩…?」
 お空から降ってきたのは、まごうことなき吉岡先輩です…せ、先輩。なぜ突然、こんなオイタをするのですかあっ?
――ぽこぽこっ、ぽこっ!
「あやぁああっ! 山田先輩じゃないですかっ。…わあっ! 今度は、友野先輩までっ!」
 …あやあっ? 
でも…なぜに先輩たちが、お空から降ってくるですか? しかも、みなさん、私より背が高いはずなのに。こんなにコンパクトサイズになって…。
――…ぶらんっ!
「ひゃ…ひゃあぁあっ!」
 さ、最後に落ちてきたのは…星乃さんです〜〜っ! 二段ベッドの上から、上半身だけをぶらんとぶら下げて。星乃さんにかぎり、特大サイズで…。  
……あやっ? 特大サイズ? 
ちょ、ちょっと待ってくださいっ…この先輩たちは…。
「…ヒマだったから、ちょっと作っといてやったわよぉ」
 …そうですっ! さっきから降り続いていたのは、先輩方にそっくりのマスコット人形ですっ! 
「こ、これっ…星乃さんがっ?」
「そっ。あんたは、誰の人形つくってんのぉ?」
 いっ、いけませんっ。お人形をつくってる間に、いつのまにか眠ってしまっていましたのですねっ…え、ええとっ。
「あのっ、上沼先輩を…」
「えっ。その、へんちょこりんな生物がぁ?」
「……へ、へんちょこりんって…」
「アハハハハッ! そんなの渡したら、ただの嫌がらせだってぇ〜!」
い…嫌がらせなんて、ひどいですっ。頑張ってつくったのにっ!
…でも。星乃さんのお人形と比べると、たしかに…。これでは、先輩方に差別が生まれてしまい、それがその後、修復しようのない大きなわだかまりになったとしたらっ…お、オオゴトです〜っ!!
「星乃さんっ!」
「えっ?」
「私にも、教えてくださいっ! お人形作りの極意をっ!」
 …星乃さんは、バッチバチにマスカラをつけた睫毛を、ぱちぱちと何度かしばたたかせました……そして……。
「ん〜…イヤ、かなぁ?」
 アッサリと、言ってのけてくれたのでしたっ。ちゃんちゃんっ!
 …じゃ、ありませ〜〜んっ!
「そ、そんなぁ〜っ! どうしてですかあぁ〜っ?」
「どうして、って…教えちゃったら、あんた、これから一人で出来ちゃうじゃないの」
「いいじゃないですかっ! それの、どこがいけないですかっ?!」
「…私が、手伝ってやる理由がないでしょお?」
 あやっ……?
 ほ……星乃さん。今、なんてっ…?
「あんたが頑張りすぎちゃってるから、みんな手ぇだせなくなっちゃうんだって…もうちょっと、人を頼りなっての!」
 あやっ…あややぁ? 
つぶやいた、星乃さんのほっぺが…ケバケバしいお化粧の色じゃない、あわぁいピンクで染まりましたよっ?
「あ、あのっ…星乃さんっ?」
「…………」
「もしかして…私を、心配してくれてっ…?」
 ――ぽんっ!
「…あ、あやうゃあ〜〜っ!」
また、空から先輩が落ちてきましたっ!
頭のてっぺんに、奇襲ですっ! せっかく、ほのぼのしてたのに…フェイントも、いいところですっ!
「ほらあっ。わかったら、さっさと続きやるよぉ!」
「は…はぁ〜いっ!」
 …ううっ。星乃さん、なにげにスパルタですっ。さっきは、頑張るなって言ってたのに…なんて勝手なんでしょうっ!
 でも……うん。なんだか、元気がでてきちゃいました。
先輩方のお人形を作り終えたら、次は…星乃さんのお人形を、つくってあげましょうっ…ふふっ。
「…あっ、そうそう。天川ぁ」
「はいっ、なんでしょう?」
「これ、手伝ってやるんだからさぁ。私のレポート、やっといてね」
 あ……あう? レポートって…あぁ〜っ! 星乃さんも、出来てなかったのですねっ!?
「…ダメですっ。それとこれとは、別ですっ!」
「いいじゃんよぉ〜、ちょっと頑張ればできるんでしょお?」
「私、決めたんですっ。もう、頑張りすぎないんです…星乃さんに、そう教わりましたからっ!」
「あんたねぇ〜。まったく頑張らないのも、体に毒よぉ? あんたの場合」
「でっ、でわっ…頑張らないのを、頑張るんですっ!」
「なによ、それえ〜っ!!」
 ほっぺをぷうっと膨らませて、ぶぅぶぅ抗議してくる星乃さん。今までは、ただ苦手だなって思ってたけど……う〜ん、不思議な人ですっ。
 星乃さんを見ていると、なんだか思えてくるんです…ちょっとだけ、肩の力を抜くのも、いいかなって…。
「じゃあ、男もつけたげるぅ。どうせあんた、バージンでしょっ?」
「…………」
「最初は、テクある男のがいいって。痛くなく捨てられるなんて、こぉんなお得なことないわよぉ? ねっ、ねっ?」
「…………」
…ほぉんの、ほぉ〜〜んのちょっとだけ、ですけどねっ!



[戻る]


[君が望む永遠 ホーム]
Copyright © 2000 age All rights reserved.