「お久しぶりです、お父様」
「あゆか、会えて嬉しく思うぞ」
「私もです、お父様」
「前に会ったのは、そう……いつだったかな?」
 もう長いこと顔をあわせていないわね。確か、グループの創業パーティーのとき以来になるはずだから……。
「半年ほどになるかもしれません」
「もうそんなにか?」
「ええ、お父様」
「それはすまないことをした」
「いいえ、お父様。お父様はお忙しい身ですので、こうしてお暇を見つけて会いにきてくださっただけで、満たされた気持ちになります」
「そうか、理解のある娘で助かる」
「はい、お父様」
 でも、目立った用事もなくて、本家に立ち寄るようなひとではないのに。こちらで、何かよくないことでもあったのかしら?
「あゆ」
「はい、お父様」
「今日はお前に話しておきたいことがあってな」
「お話でございますか? そのようなことのために本家にお戻りになれるとは、あゆは嬉しく思います」
 でも、何の話かしら?
「あゆ、お前は俗世のことを知りはしないな?」
「はい、お父様」
「すべての者が我々のような生活の中にあるわけではない」
「はい、お父様」
「我々の住む世界は、庶民の手には届かぬところにある」
「はい、お父様」
「だが、ふたつの世界に関わり合いがないわけではけしてない。庶民の生活の上に成り立つのが、私と、そして、お前の住む世界だ。わかるか?」
「はい、お父様」
「いずれ、お前は私に代わってグループの総帥となるだろう。だが、そのときに庶民の生活を……彼らが何を考え、何を求め、何に苦しんでいるのかを知らなければならない」
「はい、お父様」
「我が大空寺グループが未来永劫繁栄を絶やさずに邁進するためには、切っても切れぬ存在である……それが、庶民の生活というものなのだ」
「はい、お父様」
「だが、お前は庶民の生活というものが、いかようなものか理解できておらぬ」
「はい、お父様」
「少々過保護にしすぎた私にも責任があったことだ。だが、遅すぎるということはない」
「はい、お父様」
「お前に、庶民の生活というものを見せておきたいと願う気持ちは話した通りだ。日々成長を遂げるお前の手助けをさせてもらうぞ」
「はい、お父様」
「グループの末端に、『すかいてんぷる』という庶民が集うレストランがあるのは知っているか?」
「はい、お父様」
「そこにアルバイトとして通い、しばらくのあいだ庶民と接し、その生活の一端を垣間見てくるのだ。帝王学の第1歩だ。心してかかるが良い」
「はい、お父様」
「話はこれで終わりだ。顔を見れてうれしかったぞ」
「はい、お父様。私もです」
「では、またな……」

 ――ギィィィ……ガッチャン。

「……ふざけるんじゃないわよっ!」
 なんでこの私が一般ピープルの真似事なんてしなきゃいけないのよ。
「だいたい、話が長いのよ」
 ぐだぐだと回りくどいこと言いくさりやがっちゃってさ。
「あにさっ、ったく、やあねぇ〜、人間年取ると、長話しか趣味がなくなるんだから」
 さっさと隠居でもなんでもすればいいのよ。
 えらそうに言いたい放題言いやがって、あにが帝王学の第1歩よ。顔が見れて嬉しいのはそっちだけよ。何が悲しくておっさんの顔見て喜ばないといけないのさ!

 ――ギィィィ……ガッチャン。

「ひとつ言い忘れた」
「はい、お父様」
「身分はあかしてはならぬぞ。それでなければ今回のこと、意味を成さないからな」
「はい、お父様」
「ふむ、では、次に会う日を楽しみにしておるぞ」
「はい、お父様」

 ――ギィィィ……ガッチャン。

 余計な小細工まで使いやがってさ。何様のつもりよ? だいたい、ろくに家に帰ってねぇくせに、いっちょまえに父親面なんてしてんじゃないわよ。毎年、数えるほどしか顔を見てないから、もう忘れてるっていうのに。まったく、さっきのおっさん誰? って感じよね。そのおっさんがえらそうに私に命令なんてしやがって、あったまきたっ!
 ほんと、やってられないわよっ!





「今日からみんなの仲間になった大空寺あゆちゃんだよ〜」
「大空寺あゆですっ。よろしくお願いします」
 誰があゆちゃんよ、このデブ。キショイ呼び方するんじゃないわよ。これがこの店のトップってのはどういう了見よ。
 大空寺グループも底辺にまでは徹底した経営方針が行き届いていないようね。
「記念すべき初日に、せ、制服姿の写真を残しておこうね、ね」
「なんか恥ずかしいですよ」
 なに勝手なことほざいてカメラ構えているのよ。誰もいいとは言ってねぇだろうが!
 肖像権侵害で訴えるぞワレ!!
「う〜ん、もうすこし、萌えなポーズを取ってくれないと、ほら、こ、こう」
「こうですか?」
 ……こいつ殺すわ。言ってることは意味不明だけど、なんかすんごくむかつく。この背中に感じる寒気は、間違いなくこいつのせいだ。ここはいったいなんなのよ。レストランじゃなかったの?
「あ〜、みんなは仕事をはじめといてね。ボ、ボクはもう少しあゆちゃんと……ハァハァ……」
 それ以上言ったら、ぶっとばすわよっ! もう解放してもらいたいものね。これ以上ブタの言葉をきいていたら、私までぶひぶひ言い出しちゃいそうじゃないの。悪いけど、庶民の生活とやらを見にきた覚えはあるけど、ブタとコミュニケーションを取るために、ここへきた覚えはないわ。あの糞親父もなんだって、こんなブタの臭いのするところに、かわいい娘を……。
 ま、いいわ。私がグループの総帥となった暁には、絶対に復讐してやるんだから。ブタの相手をする程度じゃ済まさないわよ。
 えらそうな口を2度と利けないようにしてやる。ふふっ……いまから楽しみ。
「それじゃ、あゆちゃん……ハァハァ……」
「はい、なんですか?」
 だから、キショイ呼び方するなやっ! しばくで、われぇ。
 それにイヤな汗かいて……汚らしいハンカチで拭いて……うわ〜、キショイ、キショイ。
「もうすこし……ハァハァ……こう、しなっと……ハァハァ……」
「はい……」
 肉団子がもじもじするんじゃないわよ。ただでさえ、目が腐りそうなのに、今晩悪夢を見せるつもりか、こいつは。
「なんていうかね……ハァハァ……」
「はい…………」
 まず、なんだって、ブタがしゃべるのよ。私と話をしたければ、ヒトに進化してからきなさいよね。哺乳類だからいい気になってるんじゃないわ。ブタはブタらしく、養豚場に早く帰って、エサでも食べてればいいのよ。
 飼い主は誰よ。まったく、管理がなっちゃいないわ。

 ――からんころ〜ん。

「遅刻しました〜……って、げっ」
「鳴海君、そのげっ言うのはなにかな?」
 へぇ〜、普通の男もいたんだ……。さっきから気になってはいたけど、どういうわけか、この店、女の子ばっかいるのよね。それも、私と同じくらいの身長の子ばっかり。
 まあ、今とはなってはこの豆タンクの趣味だってことは一目瞭然だけど。職権乱用もいいところだわ。
「ええっと、昨日言ってた新人さんですね。俺がつけばいいでしょ?」
「ま、まだ、ボクとあゆちゃんの話は終わってない……ハァハァ……。そ、それともなに? 鳴海君は邪魔をしたいの? ボ、ボクのあゆちゃんを狙っているわけ? わけ?」
 ……誰がてめぇのものになった。言いたい放題ぬかしやがって。
「店長、先ほどお話は終わりとおっしゃったではないですか? そろそろ、お仕事の指導の方も……」
「ん? あ、で、でも……う〜、な、鳴海君、ボ、ボクのあゆちゃんに手を出したらどうなるかわかっているんだろうね? ね?」
 ……いちいち、ボクの付けるなや! 埋めるぞっ!
「もう給料、減らされるのはごめんですから……んじゃ、ついてきて」
「はい」
 やっと、ブタの王から解放されたわ。あ〜、もう、脂ぎった顔が頭から離れなくなってやがる。
 でも、あのブタ……飼いならせばそれなりには使えるかもね。あれでも、ここでの地位は最高なんだら。
 それに、さっきこいつが給料を減られるとかなんとか言ってたしね。
「やれやれ……女の子がはいってくるっていうから……すこしは期待したんだけどな……」
 何、私を見てがっかりしてんのよ。こいつもむかつくわね。
「あ〜っと、着替えるから、ちょいここで待っててね」

 ――バタン。

 この私を待たせるとはいい度胸ね。何様のつもりかしら。
『あ〜あ、また、ちんちくりなのがはいってくるとはね……』
 あんにゃろう。聞こえてんだよ。誰が、ちんちくりんだ、誰がっ! コンクリ履かすぞっ!
 ――がさごそ。
『やる気なくすよな……ほんと』
 ――がさごそ。
『あの変態店長の趣味はわからん……なにがそんなにいいんだか……』

 ――ガチャ。

「お待たせ」
「待ったわよ」
「そ、そうか……それは悪かった」
 な〜に、びっくりしてるのよ。こっちはさっきから我慢の連続で頭にきてるのよ。そろそろ憂さ晴らしをしないと、お肌に悪い感じよね。
「それじゃ、何から、はじめようかね……」
「今考えるなんて無能ね」
「……そ、そいつは悪かったね」
 愚痴をこぼしているひまがあるなら、時間を無駄にしないで済むように、ちゃんとスケジュールを組んでおきなさいよね。
 そんなこともできないようなアホ面の男が私を指導しようなんて、どうなってるのかしら? 正気を疑うわ。
「あ、ちなみに、俺は鳴海孝之、一応、君の指導係ってやつだ」
「そっ」
「そっ……じゃなくて、そっちは? 名前」
「大空寺あゆよ。知ってるんじゃないの?」
 事前にそれくらい調べておきなさいよね。ほ〜んと、無能。
「すんげぇ〜名前」
「あんですとーっ!」
「その辺にいねぇだろ、普通。こりゃ、忘れずに済みそうだな」
「馬鹿にしてるんなら、店長に言いつけるわよ」
「い、いや、それは激しくやめてくれ」
 ……ふふっ、なるほどね。やっぱり、ブタはブタなりに使えそうじゃない。
「どうしてやめて欲しいのかしら?」
 わかってるわよ。あのブタの趣味くらい。あんたみたいな無能な男がこうして私としゃべっているのを見るだけでも、むかついているはずだから。
「ここで私が悲鳴とか上げたらどうなるのかしら?」
「……さっきから、気になってはいたけど……てめぇ、性格悪いな……」
「聞こえたのよね。ちんちくりんとか……色々言ってくれたみたいね? 今も、性格悪いとかぬかした?」
「うっ……なんだよ」
 店長に報告されたくなかったら自分で考えるのね。
「……目付きまで悪いな」
「あんですとーっ!」
「いや、すまん、つい本音が」
「なお悪いわぁーっ! もうあったまきた。ほら、大空寺様、ごめんなさいって言いなさい」
「誰が言うか、ボケっ!」
 この私に向かって、ボケとぬかしやがったか、こいつ。米軍動かすわよ。
「確か、あのブタはフロントだったわね」
「店長をブタ呼ばわりして、お前な……」
「誰も店長のことだなんて言ってないけど?」
「てめぇ」
「口の悪いサルね。頭もだけど」
 これが一般民なのかしら? こいつらから何かを学ぶ必要があるのかしらね?
「口が悪いのはお互い様だろ!」
「立場を理解できてないようね」
「そりゃ、こっちの科白だ! バイト初日で、なんでそんなに態度がでかいんだよ!」
「そんなこと言っていいのかしら? ええっと店長は……」
「うっ……ご……ごめんな……」
 そう、それでいいのよ。この私に逆らおうなんて、それこそがこの世の間違い。
「……って、誰が素直にあやまるか、ボケっ!」
 ――ひしっ。
 ほっぺたにのびたこの両手はどういうつもりかしら?
「あにふんのほー!」
 それも左右にひっぱるなんて。それ以前に、この私にふれるとはどういうつもりよ、こいつはっ!
「正しい接客というものを教えてやる。ん? うれしいか? 大空寺君」
「はなへー!」
「なに言っているのか、よくわからないなぁ〜」
 離せと言ってるに、決まってるでしょうがっ! おつむの回転ニブチンのあほんだらっ!
「生意気でごめんなさい、はいどうぞ」
 誰が言うかっ! だいたい、それはそっちが言うことでしょっ!
「はなへー」
「何かな? よく聞き取れないけど……」
「あっ……へんほう!」
「なにっ! 店長だと」
 引っ掛かったわね。どこぞの糞ガキだって、嘘だってわかりそうなものを……。ほ〜んと、こいつは救いのようのないアホね。こんなのが生息しているなんて、庶民の世界もなかなか面白いじゃない。
 それに、わかってきたわ。愚民どもをいいように扱う……そう、これが帝王学なのね!
「あやまるなら今のうちじゃない? ほら、大空寺様、所詮は糞虫に過ぎない哀れな下僕の気の迷いを許してください……って、言えたら許してあげてもいいわよ」
「アホか、お前はっ!」
「あんですとーっ!」
「…………まあ、いい……店内を案内してやる」
 今の微妙な間は何よ? 余計なことを考えてるんじゃないでしょうね?
「適当に近場から行ってみようか……このごっついドアがついてるのは冷凍庫だ」
「……ふ〜ん」
 なるほどね。そういうこと……。
「単純馬鹿ね」
「何か、言ったかな?」
「空耳でしょ? まだ若いのに大変ね。……それより、中を見せなさいよ」
「いいだろう、ほれ……」
 ウチほどではないにせよ、なかなかの大きさね。馬鹿男を氷付けにするには十分だわ。
 しかも、自分から率先して入るなんて、私を誘い込もうって魂胆丸見えよ。
 ――ばたんっ!
『ぬおっ、てめぇ、なに閉めてやがる!』
 安心して、ちゃんと電気も消してあげるわ。
 ――ぷちっ。
『電気まで消すなっ!』
 ――どんどんっ!
『こら、開けろっ! 凍死するだろうが!』
「……ふふっ……馬鹿な男」
 かちんこちんになるまでそこで頭を冷やせばいいわ。
 この大空寺あゆ様に逆らったことを後悔しながらね。
『馬鹿はてめぇだっ!』
 ――どんっ!
「のわっと……っと……」
 ――どすんっ!
「あにすんのよっ!」
「そりゃ、こっちの科白だ、ボケっ! 死んだらどうする!」
 誰が、ボケだ、誰が!! しかも、何度も何度も言ってくれちゃって、もう、真っ当な人生は歩ませてあげないわ。
 この世に存在していなかったことにしてあげようかしら。記録上からも社会からも抹殺するくらいしないとね。
 何事も最初が肝心よね。特にしつけはしっかりとしておかないと……どっちが上でどっちが下なのか、はっきりさせてあげるわ。
「店長に言いつけてやる! おぼえておきなさい」
「あ、ちょっと、待て! それは反則だぞ」
「知るか! お前なんて、猫のうんこ踏めっ!!」



「お久しぶりです、お父様」
「あゆか、会えて嬉しく思うぞ」
「私もです、お父様」
「前に会ったのは、そう……いつだったかな?」
 もう長いこと顔をあわせていないわね。確か、グループの創業パーティーのとき以来になるはずだから……。
「半年ほどになるかもしれません」
「もうそんなにか?」
「ええ、お父様」
「それはすまないことをした」
「いいえ、お父様。お父様はお忙しい身ですので、こうしてお暇を見つけて会いにきてくださっただけで、満たされた気持ちになります」
「そうか、理解のある娘で助かる」
「はい、お父様」
 でも、目立った用事もなくて、本家に立ち寄るようなひとではないのに。こちらで、何かよくないことでもあったのかしら?
「あゆ」
「はい、お父様」
「今日はお前に話しておきたいことがあってな」
「お話でございますか? そのようなことのために本家にお戻りになれるとは、あゆは嬉しく思います」
 でも、何の話かしら?
「あゆ、お前は俗世のことを知りはしないな?」
「はい、お父様」
「すべての者が我々のような生活の中にあるわけではない」
「はい、お父様」
「我々の住む世界は、庶民の手には届かぬところにある」
「はい、お父様」
「だが、ふたつの世界に関わり合いがないわけではけしてない。庶民の生活の上に成り立つのが、私と、そして、お前の住む世界だ。わかるか?」
「はい、お父様」
「いずれ、お前は私に代わってグループの総帥となるだろう。だが、そのときに庶民の生活を……彼らが何を考え、何を求め、何に苦しんでいるのかを知らなければならない」
「はい、お父様」
「我が大空寺グループが未来永劫繁栄を絶やさずに邁進するためには、切っても切れぬ存在である……それが、庶民の生活というものなのだ」
「はい、お父様」
「だが、お前は庶民の生活というものが、いかようなものか理解できておらぬ」
「はい、お父様」
「少々過保護にしすぎた私にも責任があったことだ。だが、遅すぎるということはない」
「はい、お父様」
「お前に、庶民の生活というものを見せておきたいと願う気持ちは話した通りだ。日々成長を遂げるお前の手助けをさせてもらうぞ」
「はい、お父様」
「グループの末端に、『すかいてんぷる』という庶民が集うレストランがあるのは知っているか?」
「はい、お父様」
「そこにアルバイトとして通い、しばらくのあいだ庶民と接し、その生活の一端を垣間見てくるのだ。帝王学の第1歩だ。心してかかるが良い」
「はい、お父様」
「話はこれで終わりだ。顔を見れてうれしかったぞ」
「はい、お父様。私もです」
「では、またな……」

 ――ギィィィ……ガッチャン。

「……ふざけるんじゃないわよっ!」
 なんでこの私が一般ピープルの真似事なんてしなきゃいけないのよ。
「だいたい、話が長いのよ」
 ぐだぐだと回りくどいこと言いくさりやがっちゃってさ。
「あにさっ、ったく、やあねぇ〜、人間年取ると、長話しか趣味がなくなるんだから」
 さっさと隠居でもなんでもすればいいのよ。
 えらそうに言いたい放題言いやがって、あにが帝王学の第1歩よ。顔が見れて嬉しいのはそっちだけよ。何が悲しくておっさんの顔見て喜ばないといけないのさ!

 ――ギィィィ……ガッチャン。

「ひとつ言い忘れた」
「はい、お父様」
「身分はあかしてはならぬぞ。それでなければ今回のこと、意味を成さないからな」
「はい、お父様」
「ふむ、では、次に会う日を楽しみにしておるぞ」
「はい、お父様」

 ――ギィィィ……ガッチャン。

 余計な小細工まで使いやがってさ。何様のつもりよ? だいたい、ろくに家に帰ってねぇくせに、いっちょまえに父親面なんてしてんじゃないわよ。毎年、数えるほどしか顔を見てないから、もう忘れてるっていうのに。まったく、さっきのおっさん誰? って感じよね。そのおっさんがえらそうに私に命令なんてしやがって、あったまきたっ!
 ほんと、やってられないわよっ!





「今日からみんなの仲間になった大空寺あゆちゃんだよ〜」
「大空寺あゆですっ。よろしくお願いします」
 誰があゆちゃんよ、このデブ。キショイ呼び方するんじゃないわよ。これがこの店のトップってのはどういう了見よ。
 大空寺グループも底辺にまでは徹底した経営方針が行き届いていないようね。
「記念すべき初日に、せ、制服姿の写真を残しておこうね、ね」
「なんか恥ずかしいですよ」
 なに勝手なことほざいてカメラ構えているのよ。誰もいいとは言ってねぇだろうが!
 肖像権侵害で訴えるぞワレ!!
「う〜ん、もうすこし、萌えなポーズを取ってくれないと、ほら、こ、こう」
「こうですか?」
 ……こいつ殺すわ。言ってることは意味不明だけど、なんかすんごくむかつく。この背中に感じる寒気は、間違いなくこいつのせいだ。ここはいったいなんなのよ。レストランじゃなかったの?
「あ〜、みんなは仕事をはじめといてね。ボ、ボクはもう少しあゆちゃんと……ハァハァ……」
 それ以上言ったら、ぶっとばすわよっ! もう解放してもらいたいものね。これ以上ブタの言葉をきいていたら、私までぶひぶひ言い出しちゃいそうじゃないの。悪いけど、庶民の生活とやらを見にきた覚えはあるけど、ブタとコミュニケーションを取るために、ここへきた覚えはないわ。あの糞親父もなんだって、こんなブタの臭いのするところに、かわいい娘を……。
 ま、いいわ。私がグループの総帥となった暁には、絶対に復讐してやるんだから。ブタの相手をする程度じゃ済まさないわよ。
 えらそうな口を2度と利けないようにしてやる。ふふっ……いまから楽しみ。
「それじゃ、あゆちゃん……ハァハァ……」
「はい、なんですか?」
 だから、キショイ呼び方するなやっ! しばくで、われぇ。
 それにイヤな汗かいて……汚らしいハンカチで拭いて……うわ〜、キショイ、キショイ。
「もうすこし……ハァハァ……こう、しなっと……ハァハァ……」
「はい……」
 肉団子がもじもじするんじゃないわよ。ただでさえ、目が腐りそうなのに、今晩悪夢を見せるつもりか、こいつは。
「なんていうかね……ハァハァ……」
「はい…………」
 まず、なんだって、ブタがしゃべるのよ。私と話をしたければ、ヒトに進化してからきなさいよね。哺乳類だからいい気になってるんじゃないわ。ブタはブタらしく、養豚場に早く帰って、エサでも食べてればいいのよ。
 飼い主は誰よ。まったく、管理がなっちゃいないわ。

 ――からんころ〜ん。

「遅刻しました〜……って、げっ」
「鳴海君、そのげっ言うのはなにかな?」
 へぇ〜、普通の男もいたんだ……。さっきから気になってはいたけど、どういうわけか、この店、女の子ばっかいるのよね。それも、私と同じくらいの身長の子ばっかり。
 まあ、今とはなってはこの豆タンクの趣味だってことは一目瞭然だけど。職権乱用もいいところだわ。
「ええっと、昨日言ってた新人さんですね。俺がつけばいいでしょ?」
「ま、まだ、ボクとあゆちゃんの話は終わってない……ハァハァ……。そ、それともなに? 鳴海君は邪魔をしたいの? ボ、ボクのあゆちゃんを狙っているわけ? わけ?」
 ……誰がてめぇのものになった。言いたい放題ぬかしやがって。
「店長、先ほどお話は終わりとおっしゃったではないですか? そろそろ、お仕事の指導の方も……」
「ん? あ、で、でも……う〜、な、鳴海君、ボ、ボクのあゆちゃんに手を出したらどうなるかわかっているんだろうね? ね?」
 ……いちいち、ボクの付けるなや! 埋めるぞっ!
「もう給料、減らされるのはごめんですから……んじゃ、ついてきて」
「はい」
 やっと、ブタの王から解放されたわ。あ〜、もう、脂ぎった顔が頭から離れなくなってやがる。
 でも、あのブタ……飼いならせばそれなりには使えるかもね。あれでも、ここでの地位は最高なんだら。
 それに、さっきこいつが給料を減られるとかなんとか言ってたしね。
「やれやれ……女の子がはいってくるっていうから……すこしは期待したんだけどな……」
 何、私を見てがっかりしてんのよ。こいつもむかつくわね。
「あ〜っと、着替えるから、ちょいここで待っててね」

 ――バタン。

 この私を待たせるとはいい度胸ね。何様のつもりかしら。
『あ〜あ、また、ちんちくりなのがはいってくるとはね……』
 あんにゃろう。聞こえてんだよ。誰が、ちんちくりんだ、誰がっ! コンクリ履かすぞっ!
 ――がさごそ。
『やる気なくすよな……ほんと』
 ――がさごそ。
『あの変態店長の趣味はわからん……なにがそんなにいいんだか……』

 ――ガチャ。

「お待たせ」
「待ったわよ」
「そ、そうか……それは悪かった」
 な〜に、びっくりしてるのよ。こっちはさっきから我慢の連続で頭にきてるのよ。そろそろ憂さ晴らしをしないと、お肌に悪い感じよね。
「それじゃ、何から、はじめようかね……」
「今考えるなんて無能ね」
「……そ、そいつは悪かったね」
 愚痴をこぼしているひまがあるなら、時間を無駄にしないで済むように、ちゃんとスケジュールを組んでおきなさいよね。
 そんなこともできないようなアホ面の男が私を指導しようなんて、どうなってるのかしら? 正気を疑うわ。
「あ、ちなみに、俺は鳴海孝之、一応、君の指導係ってやつだ」
「そっ」
「そっ……じゃなくて、そっちは? 名前」
「大空寺あゆよ。知ってるんじゃないの?」
 事前にそれくらい調べておきなさいよね。ほ〜んと、無能。
「すんげぇ〜名前」
「あんですとーっ!」
「その辺にいねぇだろ、普通。こりゃ、忘れずに済みそうだな」
「馬鹿にしてるんなら、店長に言いつけるわよ」
「い、いや、それは激しくやめてくれ」
 ……ふふっ、なるほどね。やっぱり、ブタはブタなりに使えそうじゃない。
「どうしてやめて欲しいのかしら?」
 わかってるわよ。あのブタの趣味くらい。あんたみたいな無能な男がこうして私としゃべっているのを見るだけでも、むかついているはずだから。
「ここで私が悲鳴とか上げたらどうなるのかしら?」
「……さっきから、気になってはいたけど……てめぇ、性格悪いな……」
「聞こえたのよね。ちんちくりんとか……色々言ってくれたみたいね? 今も、性格悪いとかぬかした?」
「うっ……なんだよ」
 店長に報告されたくなかったら自分で考えるのね。
「……目付きまで悪いな」
「あんですとーっ!」
「いや、すまん、つい本音が」
「なお悪いわぁーっ! もうあったまきた。ほら、大空寺様、ごめんなさいって言いなさい」
「誰が言うか、ボケっ!」
 この私に向かって、ボケとぬかしやがったか、こいつ。米軍動かすわよ。
「確か、あのブタはフロントだったわね」
「店長をブタ呼ばわりして、お前な……」
「誰も店長のことだなんて言ってないけど?」
「てめぇ」
「口の悪いサルね。頭もだけど」
 これが一般民なのかしら? こいつらから何かを学ぶ必要があるのかしらね?
「口が悪いのはお互い様だろ!」
「立場を理解できてないようね」
「そりゃ、こっちの科白だ! バイト初日で、なんでそんなに態度がでかいんだよ!」
「そんなこと言っていいのかしら? ええっと店長は……」
「うっ……ご……ごめんな……」
 そう、それでいいのよ。この私に逆らおうなんて、それこそがこの世の間違い。
「……って、誰が素直にあやまるか、ボケっ!」
 ――ひしっ。
 ほっぺたにのびたこの両手はどういうつもりかしら?
「あにふんのほー!」
 それも左右にひっぱるなんて。それ以前に、この私にふれるとはどういうつもりよ、こいつはっ!
「正しい接客というものを教えてやる。ん? うれしいか? 大空寺君」
「はなへー!」
「なに言っているのか、よくわからないなぁ〜」
 離せと言ってるに、決まってるでしょうがっ! おつむの回転ニブチンのあほんだらっ!
「生意気でごめんなさい、はいどうぞ」
 誰が言うかっ! だいたい、それはそっちが言うことでしょっ!
「はなへー」
「何かな? よく聞き取れないけど……」
「あっ……へんほう!」
「なにっ! 店長だと」
 引っ掛かったわね。どこぞの糞ガキだって、嘘だってわかりそうなものを……。ほ〜んと、こいつは救いのようのないアホね。こんなのが生息しているなんて、庶民の世界もなかなか面白いじゃない。
 それに、わかってきたわ。愚民どもをいいように扱う……そう、これが帝王学なのね!
「あやまるなら今のうちじゃない? ほら、大空寺様、所詮は糞虫に過ぎない哀れな下僕の気の迷いを許してください……って、言えたら許してあげてもいいわよ」
「アホか、お前はっ!」
「あんですとーっ!」
「…………まあ、いい……店内を案内してやる」
 今の微妙な間は何よ? 余計なことを考えてるんじゃないでしょうね?
「適当に近場から行ってみようか……このごっついドアがついてるのは冷凍庫だ」
「……ふ〜ん」
 なるほどね。そういうこと……。
「単純馬鹿ね」
「何か、言ったかな?」
「空耳でしょ? まだ若いのに大変ね。……それより、中を見せなさいよ」
「いいだろう、ほれ……」
 ウチほどではないにせよ、なかなかの大きさね。馬鹿男を氷付けにするには十分だわ。
 しかも、自分から率先して入るなんて、私を誘い込もうって魂胆丸見えよ。
 ――ばたんっ!
『ぬおっ、てめぇ、なに閉めてやがる!』
 安心して、ちゃんと電気も消してあげるわ。
 ――ぷちっ。
『電気まで消すなっ!』
 ――どんどんっ!
『こら、開けろっ! 凍死するだろうが!』
「……ふふっ……馬鹿な男」
 かちんこちんになるまでそこで頭を冷やせばいいわ。
 この大空寺あゆ様に逆らったことを後悔しながらね。
『馬鹿はてめぇだっ!』
 ――どんっ!
「のわっと……っと……」
 ――どすんっ!
「あにすんのよっ!」
「そりゃ、こっちの科白だ、ボケっ! 死んだらどうする!」
 誰が、ボケだ、誰が!! しかも、何度も何度も言ってくれちゃって、もう、真っ当な人生は歩ませてあげないわ。
 この世に存在していなかったことにしてあげようかしら。記録上からも社会からも抹殺するくらいしないとね。
 何事も最初が肝心よね。特にしつけはしっかりとしておかないと……どっちが上でどっちが下なのか、はっきりさせてあげるわ。
「店長に言いつけてやる! おぼえておきなさい」
「あ、ちょっと、待て! それは反則だぞ」
「知るか! お前なんて、猫のうんこ踏めっ!!」



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